山本山スノーキャンプ 2000/02/19

本日は夕方に小千谷に集合し、山本山の頂上でキャンプです。何のためのキャンプかと言っても「ただなんとなくキャンプをしたかった」というだけなのですが・・・。山本山高原は無雪期はキャンプ場なのですが、冬季はスキー場となっている300mほどの山の頂上です。頂上には駐車場やトイレもあり、道路が除雪されているので、スノーオートキャンプに最適な環境のようです。

参加者は山際氏(中条)、小原氏(柏崎)、原君(長岡)、そして私(小千谷)のいつもの4人でした。

小千谷市内で見かける「山本山高原スキー場」の案内看板や各種パンフレットの案内に従うと、スキー場の下にある駐車場へと誘導され、頂上の駐車場にはたどり着けません。川口IC側まで回って「山本山展望台」と書いてある案内看板に従うと車で頂上にたどり着けます。

 

市内のスーパーで買出しをして、すきやきと寄せ鍋の材料を調達します。本日は山本山のふもとで熱気球が数多く集まる雪原祭りがあり、夜は花火も上がるとのことで市内の道路は混雑気味です。

頂上へ上る道は勾配がきつく、除雪はされていても路面に雪が残っている時などは、FF車では坂の途中のすれ違いなどで止まってしまうとチェーンなしでは発進できなくなります。先日まで雪が降っいたので心配だったのですが、本日朝からの日差しでアスファルト面が出ており安心して上れました。

駐車場に車を止め、テントサイトを探します。スキー場に接しているので、圧雪車の踏んだ跡はフラットな面で雪もしまっており、そこにテントを張りたいという誘惑があちます。しかし、早朝の整備の妨げとなるので絶対に圧雪車の整備した場所にテントを張ってはいけません。車から10mほど離れたフカフカの新雪の場所を踏み固め、スコップでフラットな面を作り、テント設営の下地が出来上がりました。

テントを張り終わると、早速乾杯を行い宴会道具を車から引き出しテントまで運び込みました。やはり、車の近くでのキャンプは楽でよいです。気温は+1℃で、最近のイベントの中では一番暖かい環境でした。

長時間座って宴会をするので、テントに敷くマットは、下層に薄いぺらぺらの銀マット、中層に10mm厚の折畳式の銀マット、上層に表面に布の張ってある薄い銀マットと3層構造で構築してみました。さらに靴下を2重に履き、その間に使い捨てカイロを入れてみたところ、長時間座っていても、とても雪の上とは思えない暖かさです。この快適作戦は見事に成功しました。過去のスノーキャンプもここまでやっていれば寒さで震える思いをしなくて済んだのにと、このとき思いました。

テント内での煮炊きは一酸化炭素中毒の恐れがあるので、出入り口は常に開放した状態で宴会メニューはスキヤキから寄せ鍋へと順調に進みます。途中でコンロのボンベが低温で気化しなくなり、小原氏が懐で温めていた予備ボンベと何度か交換しながら安定した火力を保てました。宴会がピークに達した頃、山のふもとで雪原祭りの花火が上がり始めます。見下ろす花火というのも珍しく、思わずテントから顔を出して眺めてしまいました。花火が上がっている間、何名かの見学者が車で駐車場まで来ては花火を見て帰るということを繰り返していたようです。

山本山のナイタースキーは土曜が夜11時までやっているため、照明が明るく付近の見通しはかなりよいようです。スキー場のBGMが消え、しばらくすると照明もなくなり、12時を回ったころ私達も眠りにつきました。車の脇のキャンプなのでシュラフと使い捨てカイロは大量に持ってきており、カイロをペタペタ貼った上にフリースシュラフ、その上に3シーズンシュラフと2重構造にすれば冬は安眠できます。

トイレも済まし、あとは寝るだけ。おやすみなさい。

テントを設営した頃どっぷりと日が暮れました

テントの出入り口に玄関も無事掘り終えました

荷物運び込み込み前の乾杯の儀式です

スキヤキ。鍋奉行の原君が仕切りました。

 

朝方にテント近くを雪上車が2度ほど通り私は目を覚ましました。皆さんよくお眠りのようです。朝9時を回って皆さん起き出したのですが、山際氏だけはなかなか起きません。疲れていたのでしょうか。やがて山際氏も目覚め、朝食に塩ラーメンを作り食べました。

この後はネイチャースキーを予定していたのですが山際氏が「靴を忘れた事件」もあり何もせずに解散という流れになりました。

「息をしているのか?」と思わず確かめた山際氏の爆睡

○の中にテントがあります。車の脇でのキャンプでした

雪も降らずに撤収は楽でした

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